作詞家の三浦徳子(みうらよしこ)さんが、亡くなったことが報じられました。
三浦さんは、作詞家として数多くのヒット曲を生み出していました。
本当に残念です。
そこで今回は、三浦徳子さんの経歴や学歴・プロフィール、そして、楽曲を提供した歌手や作品名・ヒット曲を調査しました。
三浦徳子のプロフィール

名前:三浦徳子(みうら よしこ)
別名:亜伊林(あいりん)
本名:高原徳子(たかはら よしこ)
生年月日:1949年
没年齢:75歳(2023年11月6日没)
出身地:青森県弘前市
職業:作詞家
三浦徳子さんは、青森県弘前市の生まれで75歳でした。
本名は高原徳子さんと言い、別名の亜伊林名義でも活動していました。
三浦徳子の学歴(出身高校・大学)
三浦徳子さんの出身高校は、弘前中央高校です。
偏差値:61
弘前中央高校は、青森県弘前市に所在する公立の共学校です。
同校出身の主な有名人は、俳優の奈良岡朋子さん、ソフトボール五輪代表の斎藤春香さんをはじめ、多くの有名人や著名人を輩出しています。
出身大学は、明治学院大学です。
三浦徳子の経歴
三浦徳子さんは大学卒業後、コピーライターを経て、1977年に高田みづえさんのシングル「硝子坂」のB面「DÔMO DÔMO」で、作詞家デビューを果たしています。
その時の名義は「みうらよしこ」だったそうです。
1970年代から1980年代にかけて、女性アイドル全盛時代に、三浦さんは多くの歌手に楽曲を提供し、ヒットチャートを席捲していました。
その他にもイメージソングの作詞を手掛けたり、ハロプロ関連の楽曲の作詞も手掛けていました。
三浦さんの作詞の特徴は、メロディーが望む言葉をそのときに思いつくかどうかを重視しているという。
そのため、サビが上手くいかない時などは、何度も書き直しをするそうです。
三浦さんの出世作は、八神純子さんの「みずいろの雨」だそうです。
その理由は、競作ではあったが、「みずいろ」は日本人の好む色であり、ひらがなにした理由はイメージが固まらないようにするため、そして「くずれてしまえ」の命令口調は、八神さんが気の強い女子だったことから浮かんだという。
三浦徳子の主な作品や歌手名は?
主なヒット曲
三浦徳子さんの提供した作詞楽曲は、数多くあり、一覧にしても掲載できないほどであるため、主なものを抜粋してみました。
・杏里(キャッツアイ)
・石川ひとみ(くるみ割り人形)
・岩崎宏美(万華鏡)
・荻野目洋子(雨とジャスミン)
・柏原芳恵(恋人たちのキャフェテラス)
・河合奈保子(大きな森の小さなお家)
・吉川晃司(モニカ)
・工藤静香(嵐の素顔)
・小泉今日子(雨の海岸通り)
・郷ひろみ(お嫁サンバ)
・沢田研二(おまえがパラダイス)
・松田聖子(卒業)
・田原俊彦(君に薔薇薔薇・・という感じ)
・永井真理子(ZUTTO)
・浜田省吾(風を感じて)
・早見優(夏色のナンシー)
・堀ちえみ(クレイジーラブ)
・松田聖子(裸足の季節・青い珊瑚礁)
・八神純子(みずいろの雨・ポーラースター・パープルタウン)
その他にもハロプロ関連やアニメソング、NHKのEテレ関連などがあります。
三浦徳子の経歴まとめ
今回は、三浦徳子さんの経歴や学歴・プロフィール、そして、楽曲を提供した歌手や作品名・ヒット曲を見てきました。
三浦徳子さんは、青森県弘前市の生まれで75歳でした。
弘前中央高校から明治学院大学を卒業後、コピーライターを経て作詞家としてデビューします。
数多くの楽曲の作詞を提供しており、女性アイドル全盛時代にはヒットチャートを席捲する勢いでした。
特に柏原芳恵さんや工藤静香さん、早見優さん、堀ちえみさん、松田聖子さん、八神純子さんなどは、多くの楽曲を提供しています。
心からご冥福をお祈りいたします。